その他サッカー関連

【サッカー】【欧州リーグ】オーストリアリーグについて!日本人選手は?どこのクラブが有名?レジェンド選手といえば誰?

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

アオアシ(26) (ビッグ コミックス) [ 小林 有吾 ]
価格:650円(税込、送料無料) (2021/11/22時点)


欧州5大リーグ以外の欧州リーグについて調べてみた

ということでこの記事ではオーストリアの1部リーグ「オーストリア・ブンデスリーガ」について調べております。

なお歴史・レギュレーション・放送/視聴などの情報はこちらをごらんください!

強豪クラブ

CL/ELでもよく目にする代表的な強豪クラブ・歴史あるクラブは以下です。

  1. FCレッドブル・ザルツブルク
  2. SKラピード・ウィーン
  3. SKシュトゥルム・グラーツ
  4. FKアウストリア・ウィーン
  5. FCヴァッサー・インスブルック

それぞれの概要もまとめました。

①FCレッドブル・ザルツブルク

1933年創設のザルツブルクを本拠地とするクラブ。

創設時はSVアウストリア・ザルツブルクというチーム名だった。

1953年に1部リーグに昇格し、1971年にはリーグ戦とカップ戦で準優勝を果たすなど躍進したが、その後は1部と2部を行ったり来たりするような状態だった。

財政的にも問題を抱えており、同じくザルツブルクを本拠地としたSAK1914ザルツブルクとの合併を自ら希望するも、先方に断られるほど状況は厳しく、長年弱小クラブとして細々と存続していた。

1990年代に入るとスポンサーのオーストリア・カジノ社が積極的に投資をはじめ、オーストリア代表選手やのちのドイツ代表選手などを獲得し、1994年にリーグ優勝を果たした。

1993-94シーズンはUEFAカップで準優勝し、翌1994-95シーズンはチャンピオンズリーグに出場するなど躍進を遂げたが、それ以降中心選手が抜けると一気に低迷し、一時は2部降格寸前まで弱体化した。

財政的にも問題を抱えていた中、2005年にレッドブル社に買収され、「レッドブル・ザルツブルク」として生まれ変わる。

2007年にリーグ優勝を果たすとその後は毎年のようにタイトルを獲得し、2014年からは現在までリーグ8連覇を達成。

近年オーストリアで最も成功したクラブとなった。

②SKラピード・ウィーン

1899年に創設された、ウィーンを本拠地としたクラブ。

1911年のリーグ創設時から1部リーグに所属する歴史あるクラブで、リーグ優勝も32回を誇り、同国最多となっている。

リーグ創設1年目に優勝を果たすなど力は圧倒的で、1930年までに10度リーグ優勝し、チャンピオンズリーグの前身となるミトローパ・カップで優勝1回・準優勝2回、アヤックスとの親善試合では16-2で破るなど、国際的に見ても力をつけたクラブとなっていた。

ナチス・ドイツ時代はドイツのチームと戦っており、1938年にはDFBポカール、1941年にはリーグ戦で優勝を飾っている。

戦後もその力は衰えず、1951年のミトローパ・カップは優勝し、その後の国際大会でも常に好成績をおさめてきた。

しかし国内リーグでは他チームの台頭もあり優勝から遠ざかるようになる。
特に近年はレッドブル・ザルツブルクの台頭もあり、最後に優勝したのは2007-08シーズンとなっている。

③SKシュトゥルム・グラーツ

1909年に創設された、グラーツを本拠地とするクラブ。

1994年にイビチャ・オシムが監督に就任後、リーグ戦準優勝・カップ戦優勝など徐々に力をつけ、ついに1998年にリーグ初優勝を達成し、翌年連覇も達成するなど黄金期を迎える。

チャンピオンズリーグにも出場を果たすなど、一気に躍進を遂げたが、そのために獲得した数々の選手の人件費が膨大になり、2006年に破産申告をした。

その後、2010-11シーズンにリーグ優勝を果たしている。

④FKアウストリア・ウィーン

1911年にウィーンで設立されたクラブ。

リーグ戦優勝24回、準優勝20回という国内屈指の名門クラブ。

戦前はミトローパ・カップの優勝と準優勝をそれぞれ2回ずつ達成するなど、国際的にも知られていたクラブであった。

2001年以降、優勝3回など含む3位以内を11回達成するなど安定した成績をおさめている。

⑤FCヴァッサー・インスブルック

1915年に母体となるクラブが設立される。

1920年にリーグに参戦するも、なかなか目立った成績をおさめることはなかったが、1970年代に黄金期を迎える。

ブルーノ・ペッツァイやクルト・ヤーラなどのオーストリア代表選手の活躍もあり、1970年代でリーグ優勝5回・準優勝2回、カップ戦優勝5回・準優勝2回など圧倒的な強さを誇った。

しかし1970年末に財政破綻により2部リーグへと降格するが、その後スワロフスキー社による買収で息を吹き返し、1989年と1990年にはリーグ連覇を達成する。

しかしスワロフスキー社の撤退によりまたも財政難となり、2000年~2002年までリーグ3連覇を達成していたにも関わらず、チームは破産により消滅した。

2002年に「FCヴァッカー・ティロル」としてチームは再出発し、2004年には1部リーグへと復帰している。

歴代日本人選手

現所属選手

北川航也(FCラピード・ウィーン)

中村敬斗(LASKリンツ)

財前淳(FCヴァッカー・インスブルック)

二田理央(FCヴァッカー・インスブルックU-23)

西田悠人(FCヴァッカー・インスブルックU-23)

※2022年1月現在

過去所属選手

南野拓実(FCレッドブル・ザルツブルク)

奥川雅也(FCレッドブル・ザルツブルク)

三都主アレサンドロ(FCレッドブル・ザルツブルク)

宮本恒靖(FCレッドブル・ザルツブルク)

何人かの概要をご紹介します。

①三都主アレサンドロ


引用:https://www.football-zone.net/archives/274635

清水エスパルスでプロデビュー後、浦和レッズや日本代表で活躍した後、2007年にFCレッドブル・ザルツブルクへと1年間の期限付き移籍をした。

リーグ戦には11試合出場し、移籍初年度はリーグ優勝も経験した。

しかし、レンタル満了により2008年からは浦和レッズへと復帰した。

②宮本恒靖

1995年にガンバ大阪でデビュー後、2006年から2009年にかけてFCレッドブル・ザルツブルクへと移籍する。

移籍後はセンターバックだけではなくサイドバックもこなし、コンスタントに試合に出場してリーグ優勝に貢献。

1年間の契約だったこともあり、その後契約を延長し、2年目もコンスタントに試合にからむが、怪我や監督交代の影響を受けて出場機会が激減。

その後2009年にヴィッセル神戸へと移籍しJリーグ復帰を果たした。

リーグレジェンド選手

オーストラリアブンデスリーグにかつて所属していた名選手を何名かピックアップしました。

  1. ニコ・コヴァチ(元クロアチア代表、FCレッドブル・ザルツブルク)
  2. ハンス・クランクル(元オーストリア代表、FCラピード・ウィーン)

①ニコ・コヴァチ


引用:https://jp.rbth.com/lifestyle/79937-roshia-no-idai-na-soccer-senshu-lev-yashin

元クロアチア代表のMF。2002年・2006年のワールドカップに出場。

主にドイツブンデスリーガでプレーし、主にヘルタ・ベルリン、バイエルン・ミュンヘンなどで活躍。

2006-07シーズンから3年にわたってFCレッドブル・ザルツブルクでプレーしていた。

②ハンス・クランクル


引用:https://japaneseclass.jp/trends/about/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AB

1970年にFCラピード・ウィーンへ入団すると、1973-74は36得点、1976-77は32得点、1977-78は41得点をあげリーグ得点王に輝く。

1977-78にいたっては、ヨーロッパ・ゴールデンシューも獲得している。

1978-79にはバルセロナへと移籍し、同年18得点をあげ得点王となり、ピチーチ賞も獲得している。
オーストリア人選手によるピチーチ賞の獲得は、ハンス・クランクルのみである。

DAZN